未明の街を襲った広島市の土砂災害。死者・行方不明者の数は21日も増え続け、捜索活動が進むにつれて爪痕の深さが鮮明になってきた。その一方で、直前に異変に気づき、難を逃れた人たちもいる。いつもと違う愛犬のしぐさ。かすかに感じた土の臭い?。生死を分けたのは、一瞬の判断と、とっさの行動だった。
■愛犬のサイン
甚大な被害が出た広島市安佐南区八木。コミュニティーバス運転手の池田敏則さん(65)は20日午前4時ごろ、自宅2階で雷雨の激しさに不安を募らせながら、横になっていた。
すると愛犬のテリア「ジャッキー」が突然前足をピンと伸ばし、窓の外を向いた。大型犬と出くわしたときにだけ見せる警戒のしぐさだった。
「どうしたの」。驚いた池田さんがとっさに飛び起き、窓に目を向けると、山手から猛スピードの濁流が迫っていた。
直撃を受けた自宅は根こそぎ数メートル押し流され、池田さんの体の脇を土砂が通り抜けた。1階はめちゃめちゃにつぶれ、そこで寝ていた妻の恵津子さん(63)は行方不明に。気がつくとジャッキーの姿も見えなくなっていた。
被災後、池田さんは避難所へ。21日になっても、恵津子さんの安否は分かっていない。だが、ジャッキーは家に戻ってきた。池田さんは「あのまま寝ていたら死んでいたかもしれない」と、土砂の襲来を教えてくれた愛犬の帰還に目を細めた。「どうか妻も無事でいてほしい」。ただそれだけを祈っている。